19世紀ヴィクトリア朝のシルバーアクセサリー ― 社会背景と装飾文化の展開

ヴィクトリア朝風のシルバーアクセサリー。花模様のオーバル型ブローチ、蛇モチーフのリング、ハート型ロケット、花模様のオーバルブローチ、花の装飾が施されたシルバーブレスレットが茶色の装飾的な背景に並べられている。
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19世紀ヴィクトリア朝のシルバーアクセサリー

ヴィクトリア朝風のシルバーアクセサリー。花模様のオーバル型ブローチ、蛇モチーフのリング、ハート型ロケット、花模様のオーバルブローチ、花の装飾が施されたシルバーブレスレットが茶色の装飾的な背景に並べられている。

19世紀のイギリス、いわゆるヴィクトリア朝(1837–1901年)は、社会・産業・文化のあらゆる面で大きな変化を経験した時代です。

シルバーアクセサリーは、この時代の社会構造や価値観の変化を反映する重要な装飾品であり、今日「ヴィクトリアン・ジュエリー」と総称される様式の中に位置付けられています。

本稿では、ヴィクトリア朝におけるシルバーアクセサリーの社会的背景、技術的革新、流行した意匠、喪文化との関連について、一次資料や美術史研究の成果をもとに整理していこうと思います。

ヴィクトリア朝の社会背景と装飾文化

ヴィクトリア朝の装飾品は、階級社会と密接に関係していました。

当時のイギリスは産業革命の進展によって中産階級が拡大し、従来の貴族層だけでなく、富を得た市民層も銀製品やジュエリーを日常的に身につけるようになりました。

銀は金よりも入手しやすく、日常的な装飾品として広く流通した。

さらに、19世紀後半には銀製品の国際的な価格変動や供給増加により、シルバーアクセサリーは多くの人々にとって「手に届く」存在となったのです。

また、ヴィクトリア朝社会では「道徳観」と「家庭の価値」が強調され、これが装飾品の意匠や用途に反映され、恋愛や結婚、死と追悼など、人生の節目にまつわる装飾品が重視され、特に銀は「純粋さ」や「誠実さ」と結びつけられた金属として用いられました。

産業革命と装飾品の量産化

産業革命は、シルバーアクセサリーの生産技術にも直接的な影響を与えました。

機械加工技術の導入

19世紀前半まで、アクセサリーの製作は主に手仕事であったが、ローラープレスやスタンピング技術の普及により、複雑な模様やパターンを効率的に量産できるようになり、これにより比較的安価で装飾的価値の高い製品が市場に広まりました。

バーミンガムとシェフィールド

当時のイギリスにおける銀細工の中心地は、バーミンガムやシェフィールドである。

これらの都市は工業都市として発展し、シルバープレート(電気メッキ技術を利用した製品)や安価な銀製品が大量に生産されました。

特に「シェフィールド・プレート」は18世紀末から19世紀にかけて広まり、ヴィクトリア朝時代にも引き続き利用されました。

国際博覧会の影響

1851年のロンドン万国博覧会(The Great Exhibition)は、イギリスの工業製品の優秀さを世界に示す場となり、銀製品も主要な展示物であった。

これにより、シルバーアクセサリーは国内外で注目され、流通が拡大したのでした。

ヴィクトリアンモチーフと象徴性

ヴィクトリア朝の装飾品は、豊かな象徴性をもつモチーフによって特徴づけられる。

ハート

ハートは愛情や結婚の象徴として頻繁に用いられた。銀製のロケットペンダントにハート形が採用される例が多く、内部に肖像画や写真、髪の毛を収めることが一般的であった。

蛇(サーペント)

蛇は再生や永遠を意味するモチーフである。1839年にヴィクトリア女王がアルバート公から蛇を象った婚約指輪を贈られたことにより、蛇モチーフは流行した。銀製のブレスレットやリングに蛇の意匠が施された例が多く確認できる。

花は自然観と結びつき、様々な種類が装飾に取り入れられた。バラは愛情、スミレは謙遜、ユリは純潔など、花言葉と関連して象徴的に用いられた。

これらのモチーフは、産業革命による量産化と相まって、幅広い層に受け入れられる装飾言語として普及した。


モーニングジュエリー(喪の装飾品)と銀

ヴィクトリア朝の文化において、喪は社会的義務であり、その装飾品も明確に規定されていた。

ヴィクトリア女王自身が1861年に夫アルバート公を亡くして以降、長期間にわたり喪に服したことが社会全体に影響を与えた。

モーニングジュエリーは、黒いエナメルやジェット(黒玉)、オニキスなどの素材が主流であったが、銀も喪の装飾品として利用された。

特に中産階級の間では、金よりも控えめな素材である銀が好まれ、ブローチやロケット、ブレスレットとして広まった。

また、モーニングジュエリーには故人の髪の毛を封じ込める「ヘアジュエリー」の形式が存在し、銀のフレームや台座が多く使われた。

彫金されたエングレービングシルバーリングが並んでいる
彫金されたエングレービングシルバーリングが並んでいる

アンティーク調仕上げと銀の変化

ヴィクトリア朝の銀製アクセサリーには、表面仕上げに特徴が見られる。

オキシダイズドシルバー(燻し銀)

19世紀後半には「オキシダイズドシルバー(oxidized silver)」と呼ばれる仕上げが流行した。これは硫化処理によって銀を黒く変化させ、装飾の凹凸を強調する技術である。モチーフが浮かび上がる効果を持ち、モーニングジュエリーとも相性が良かった。

ハンドエングレービング

産業革命後も、手彫りのエングレービングは重要な装飾技術であった。量産品と職人の手仕事の併存がこの時代の特徴であり、銀の表面に施された精緻な彫刻は個性と高級感を与えた。


ヴィクトリア朝シルバーアクセサリーの意義

19世紀のヴィクトリア朝におけるシルバーアクセサリーは、

  • 中産階級の拡大と消費文化の象徴
  • 社会的慣習(結婚・喪)と密接に結びつく装飾
  • 技術革新と職人技の併存
  • 象徴的モチーフによる文化的意味の表現

といった要素を備えていた。今日アンティークとして残るこれらの作品は、単なる装飾品にとどまらず、当時の社会的・文化的背景を読み解く資料としても重要である。

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ヴィクトリア朝風のシルバーアクセサリー。花模様のオーバル型ブローチ、蛇モチーフのリング、ハート型ロケット、花模様のオーバルブローチ、花の装飾が施されたシルバーブレスレットが茶色の装飾的な背景に並べられている。

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この記事を書いた人

上谷 俊介のアバター 上谷 俊介 彫金師

彫金萬代表、彫金ブランド「IMULTA」を運営しています。

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