今回は筆者が過去に興味本位で調べたり実体験として感じたこと、最近の銀のグラム価格などを踏まえてアメリカのシルバーアクセサリーの歴史とその発展、社会の流れと多民族国家でこその起きた皮肉なシルバーアクセサリーの普及について紹介します。
かなり個人的な偏見を交えた記事になっていますが個人的な見解という事でご了承ください。
また筆者はIMULTAというシルバーブランドを運営しておりますので、私のオンラインショップものぞいていただけますと幸いです。
本職はご依頼いただいた金属製品への彫金ですが、模様を彫り入れたリングをはじめ天然石を留めたものまで幅広く取り扱っております。
IMULTAのシルバーアクセサリーはこちらからご覧ください。
アメリカに「シルバーアクセサリー文化」が生まれるまで

西部開拓時代に生まれたインディアンジュエリーから150年ほどで有名なL.A.ブランドが多く生まれるようになったアメリカのシルバーアクセサリーの歴史。
銀という金属が、アメリカで特別な意味を帯びるようになったのは偶然そうなったというわけではなく、鉄道の発達などの文化の発展と、現在でも根強く残る先住民への差別・迫害と言った負の面の両輪が回った結果と言えると考えています。
今では世界のファッションを席巻するクロムハーツなどのシルバーブランドも、その背景には 150年以上にわたる「アメリカ銀文化」の蓄積があります。
今回はフラットな視点で、日本でも大人気であるシルバーアクセサリーが、どのように広まったかを書いていきたいと思います。
ここではインディアンジュエリー → 20世紀の大衆文化 → L.A.ブランドという3つのレイヤーで、シルバーアクセサリーがどのように育っていったのかをたどります。
途中で筆者の考えを挟みながらの紹介になるのでたびたび脱線します。


シルバーアクセサリーの始まりは、銀を手にした先住民部族(1800〜1900年代)

19世紀中頃、ナバホ族がメキシコやスペイン由来の銀細工技術を学んだことが、アメリカにおけるシルバーアクセサリー文化の出発点とされています。
当時彼らが手にした素材は、銀塊でもジュエリー用地金でもありません。
銀貨(メキシカンペソ)を溶かして鍛金し、刻み、打ち出し、装飾しました。
北米先住民の金属工芸の技術はメキシコから伝わってきたとされています。
そこから生まれたのが、今も受け継がれるナバホ族のスタンプワークやリポウズ(打ち出し)の技法です。
ズニ族はターコイズをインレイする高度な装飾技術を生み出し、ホピ族はオーバーレイ技法で部族的な象徴をデザイン化しました。
この時期に形成されたのは、「銀を使って祈りや象徴を表現する」という文化です。
アメリカのシルバーアクセ史は、この精神的な根から始まっています。
以前の記事でも書きましたが、インディアンジュエリーは居留地に押し込まれた先住民が生きるための金銭を得るために生まれたものなので、銀を神聖な金属とするような文化は後付けで生まれています。
これは悪口ではなくブランディングやマーケティングにおいて、極めて重要な意味を持たせたことがのちの発展に繋がっているという事を言っています。
マーケティングやブランディングの話、お金の話をすると異常なほど拒否反応を示す人がいますが、先述したようにインディアンジュエリーはそもそも生活費を稼ぐために生まれたものなので、切り離して考える方がどうかしています。
インディアンジュエリーとは何か?― 迫害から生まれた“生きるための芸術
鉄道とともに“土産物”から“アメリカ文化”へ(1900〜1940年代)

鉄道会社の「フレッド・ハーヴィー・カンパニー(Fred Harvey Company)」と「アッチソン・トピカ・アンド・サンタフェ鉄道(Atchison, Topeka and Santa Fe Railway:ATSF)」が観光促進のためインディアンジュエリーを土産物として販売したことにより、これまで部族内、その居留地近辺で作られていた銀の装飾品がアメリカ全土の旅行者の手に広まりました。
サンタフェ鉄道を利用する旅人たちが、部族の職人を間近で見たり、ロードサイドでジュエリーを買って帰ったりすることで、「銀のアクセサリー=アメリカ西部の象徴」というイメージが形成されます。
インディアンジュエリーとして購入されるものの定番モチーフとして簡略化されたサンダーバードやターコイズを留めたバングルなどが多かったようです。
記念品、いわゆるスーベニアとして旅行先の異国所情緒を感じられる土産物として購入されていました。
当時は鉄道の発展とともにアメリカが発展しているような時代なので、鉄道と一緒にアメリカ全土にインディアンジュエリーが普及したという事になります。
ただの土産物だったインディアンジュエリーが段々と純粋な“工芸品”から、“身に着ける文化アイテム”へと発展していったという背景があります。
ウェスタンブームとカウンターカルチャー(1940〜1970年代)

第二次大戦後、アメリカでは西部文化ブームが訪れます。
GI(帰還兵)たちが西部へ移り住んだこともあり、シルバーバックルやボロタイが“男らしさ”の象徴として定着しました。
さらに1960年代になると、ヒッピー文化が民族装飾を再評価し、ターコイズやフェザー、サンダーバードを象徴とするアクセサリーが「スピリチュアル」と「自由」の象徴として再解釈されます。
ヒッピー文化は創作物の中などで軽薄なものとして描かれることもありますが、東洋の哲学を取り入れる思想や、自然主義、戦争・差別主義などの世の中の体制を疑い、より良い世の中を求める思想的探究が本質とされています。
一方で当然ですが、流行に乗っただけの反戦ごっこをしながらマリファナなどの薬物に手を出し、汚れたファッションこそが自然主義と主張するブームを楽しむだけの若者も大量にいました。
実際に崇高な思想探求を行っている人間の方が少ないのですが、ファッション感覚で楽しむ大量のヒッピーのおかげでインディアンジュエリーはアメリカ全土で流行します。
差別対象である先住民が作るわかりやすい自然信仰をもとにしたインディアンジュエリーは多くのヒッピーにとって非常に都合のいいアイコンだったと言えるでしょう。
皮肉にも差別によって生まれたインディアンジュエリーは、差別思想への反発によってアメリカ全土で生活文化として確固たる地位を得ました。
つまりシルバーアクセサリーが“多くの人が身に着ける普通のもの”になった最初の時代という事です。
派生したパワーストーン思想
余談ですがこの時期にターコイズがパワーストーンとして広く認識され、ニューエイジ系の流行に乗って書籍が大量に出版された結果、現在の石が力を持つパワーストーンという思想が定着しました。
ちなみに日本のパワーストーンの文化はこの1970年代のニューエイジ系の思想がそのまま入ってきたものです。
筆者は2025年現在42歳ですが、日本でパワーストーンの考え方が広まったのは90年代のオカルトブームから入ってきて、その後2000年代のシルバーアクセサリーブームで一気に定着した印象ですね。
それはまた別の記事で紹介します。
いつから日本でパワーストーンが流行したのか? 実はまさかの逆輸入
インディアンジュエリーとの決別、アングロサクソン的モチーフの萌芽(1980〜1990年代)

1980年代のL.A. は、音楽と映画産業が世界に影響を与える巨大なカルチャー都市でした。
パンク、メタル、ハードロック。
バイカー文化とレザー文化。
典型的なアメリカ文化が花開き、ハリウッドも全盛期を迎えようという時代と言えるでしょう。
ここでシルバーアクセサリーはここまでの時代と違った発展を迎えます。
この時代に登場したL.A.ブランド(クロムハーツなど)は、インディアンジュエリーとは技術的な系譜が異なり、インディアンジュエリーから派生してきた文化とは違ったものが取り入れられるようになります。
彼らは部族文化を継承したモチーフではなく、欧州のゴシック・中世紋章・宗教的シンボルを再構成し、攻撃性と美しさを併せ持つ銀の彫刻として進化させました。
インディアンジュエリーが「祈り」や「自然との調和」を刻む文化なら、L.A. ブランドは「自我」「反逆」「スタイル」を刻む文化だったとも言えます。
アングロサクソン系の思想がシルバーアクセサリーに組み込まれた印象であり、自分のファッションを完成させるためのアイテムとして明確に認識されるようになりました。
さらに言葉を選ばずに言うと多民族国家として大きくなってきたアメリカが、先住民の生み出した工芸という面を切り離し、より近代的に西洋的な文化を取り入れたファッションとして生み出したというイメージです。


現在「個人の美意識を彫り込む時代」へ
近年はシルバーアクセサリーは世界的に「個人工芸」の領域へと広がりました。
- ハイブランドのラグジュアリー化
- アーティスト志向の作家ブランド
- 彫金と彫刻が融合した一点物の需要
アメリカでは再びインディアンジュエリーが美術的価値を持って見直され、L.A.シーンのブランドはファッションアイテムを超えた芸術性を評価され、個人作家は“銀の彫刻家”として市場で存在感を高めています。
つまりシルバーアクセサリーは、「民族の装飾」から始まり、「大衆文化の象徴」を経て、「個人が美意識を刻む作品」へと進化してきたという流れの中にあります。
筆者ぐらいの年齢で2000年代のシルバーアクセサリーブームの値段を知っていると、有名ブランドの現在のラグジュアリー化はすさまじいものがありますね。
昔と比べて銀の原材料費が7倍以上になっているので、大きなブランドは経費を考えた場合ラグジュアリー化するしかないというのが本音かもしれません。
インディアンジュエリーは模造品が横行した時代にその文化を守るための団体が作られ、作家を積極的に育てブランド化させることに成功したと言えます。
凄まじい迫害の中で生まれた土産物を芸術品にまで昇華させた北米先住民族の商才と「生きる」ことに直結した製作への力は「凄い」なんて言葉では言い表せない神聖さすら感じます。
まとめ:アメリカのシルバーアクセの歴史
① インディアンジュエリー(1850〜)
北米先住民の差別と迫害から、生活費を得るためにインディアンジュエリーが作られるようになる。
厳密にいえば後付けになるが銀を祈りと象徴の器として扱ったインディアンジュエリーのルーツとなる時代。
この時点では先住民の居留地近辺で売られている土産物程度の存在であり、現在のような文化として成り立っていたわけではない。
② 20世紀の大衆文化(1900〜1970)
“シルバーアクセサリー=アメリカらしさ”を定着させた時代。
鉄道の発達に伴い、商業的に組み込まれてアメリカ全土に浸透する。
一地方の土産物から身に着けるファッションアイテムとして定着。
ヒッピームーヴメントの影響で大衆化することにより身近なアイテムの一つになる。
③ L.A.ブランド文化(1980〜)
シルバーをロックやパンクなどの象徴とし、美学として再構築した現代。
インディアンジュエリーという民族的な側面・モチーフを切り離し、よりアングロサクソン的・白人的価値観やモチーフを取り入れたデザインのブランドが台頭して、特定のファッションスタイルを象徴するアイテムになる。
その後、一部のブランドは圧倒的なラグジュアリー化を果たす。
シルバーアクセサリーから見るアメリカ史

「シルバーアクセサリーから見るアメリカ史」というにはあまりにもざっくりしていますが、こうして分解してみると、シルバーアクセサリ―という装飾品の側面からアメリカという国が、どうやって歴史を重ねてきたかがよくわかりますね。
なんとなく興味本位で調べたことでしたが非常に興味深かったです。
2025年現在ポリコレや多様性で大騒ぎしている連中も、10年ぐらい経ったら「一時的なブームだった。」「文化的成長に寄与した。」と、ヒッピームーヴメントの負の側面に蓋をした時と同じように喧伝してそうです。
個人的な感覚としてヒッピームーヴメントなどの体制への反発から文化的発展があるという意見はかなり肯定的に考えています。
薬物で幻覚を見て描くサイケデリック・アートの発祥自体は好ましくありませんが、絵柄として好む人がいるのも理解できますし、常人が思いつかないであろう突飛な色使いと構図は嫌いではありません。
現在では薬物無しにその系統の絵を描く方はいるので、ヒッピームーヴメントが明確に一つのジャンルを開拓したのは間違いありません。
一方で体制や制度に媚びると文化が衰退するというのは、スターウォーズを始めとしたポリコレに汚染された創作物が証明してくれています。
ただ私が知らないだけでどこかで何かしらの文化・芸術を生み出しているかもしれません。
何十年かしてからの評価が楽しみですね。
IMULTAのシルバーアクセサリー
文化的背景をもとにIMULTAではシルバーアクセサリーを製作しております。
手作業ならではの精緻な模様を、ぜひ手に取ってご覧ください。

IMULTAのシルバーアクセサリーはこちらからご覧ください。











