ポリコレがゲームに強い影響を持つようになって長い時間がたつ。
2024年においてポリコレの一番の失敗といえば2024/10/17現在FPSゲーム「コンコード」の大爆死が印象的だ。
非現実を楽しみたいゲームに不要な現実的要素を強要する製作陣の姿勢は世界中から明確にNOを突き付けられた。
今回はポリコレに毒されているゲーム業界にたいして日本の文化を築いてきたと言っても過言ではない二人が対談形式で動画を発信した。
ポリコレは善のふりをした悪
ゲーム業界などで大騒ぎになっているポリコレに関してドラクエの生みの親である堀井雄二さんと少年ジャンプの伝説的な編集長であったマシリトこと鳥嶋さんが話していたことが話題になっている。
これほどの大物が開けっぴろげに話してくれるのは筆者としても非常にうれしいことである。
ただこの「ポリコレは善のふりをした悪」という発言に対して海外のポリコレ推進派からは「ナチスのようだ。」など二人を侮辱するようなコメントが殺到しているという状況でもある。
ネット上での発言権は平等ではあるがその発言の力というのは誰言っているかという事が大きく関係するという事は言うまでもない。
子供のころからリアルタイムでドラゴンボールとドラゴンクエスト3をはじめとしてシリーズ作品を楽しんできた筆者にとっては自分の幼少期や青春に大きな輝きを与えてくれた二人の発言は絶大な力を持っており、ネット上のどこの誰ともわからない人間のコメントなど全く響かない。
両氏の発言は正論でありアニメや漫画、ゲームのあるべき姿を歪めてる世論に苦言を呈しているだけだ。
他者に対して何かを強要しているわけではない。
原文が誤訳によって全く違った内容で広まってしまった。
鳥嶋氏の発言の「清教徒(puritan)」を「性教育(sex education)」と誤って翻訳した内容が拡散されたことは非常に大きな問題だ。
ゲームレビューなどをして稼いでいるYoutuberは「どちらの言葉でもあまり意味が変わらない。」と言っていたが全く意味が変わってくる。
その話の中ではゲームの欧米市場への参入について話している中での発言であり、宗教的倫理観をもとにした市場は非常に制約が多く排他的であるという事を言いたかったのではないだろうか。
性別や性的な表現に限った話ではなくゲームの表現よりも欧米の宗教的制約のほうが優先されることが非常に排他的で無駄な手間を増やしているという事を言っている。
清教徒(puritan)というと一般的に日本人は世界史の清教徒革命ぐらいでしか聞かない単語であるが欧米はキリスト教徒が多いのでカトリックであるかプロテスタントであるかなどで認識が大きく変わってくる。
本筋の話から脱線するので正教会については今回は割愛する。
筆者も中世の騎士の発祥などに興味をもった結果、宗教戦争や中世の生活様式関連の本などを読み漁った程度の知識しかないが、ものすごく簡単に言うと日本人が思い浮かべるキリスト教徒は大体がカトリック、宗派にもよるがキリスト教の教義に対してストイックなのがプロテスタント。
プロテスタントのほうが禁欲的だなどと言われている。
ピューリタンはプロテスタントの分派でさらに禁欲的でストイックだ。
現在では「清教徒(puritan)」という言葉は使われない言葉ですが基本的な考え方が禁欲・厳格主義を旨としているので今回マシリト氏は「融通のきかない石頭」の象徴といった意味で「清教徒(puritan)」という単語を使ったのかもしれません。
欧米では大昔から領土問題や社会学や経済的な思想に宗教が大いに絡んでいます。
日本の市場との違いや昨今こじれているポリコレが宗教的な倫理観や過去の黒人奴隷問題に起因していることを言っているのでしょう。
つまり現在騒がれているポリコレは平等や本当の意味での多様性のために掲げられているのではなく欧米人が自分達のルールを押し付けるために行っているだけだという事です。
これはかなり遠回しな言い方になっています。
過去のキリスト教を利用した領土問題や宗教戦争などの思想の違いで起きた事件について調べてみると現在起きている「多様性という名の神」を利用し他者を認めず自分たちの思想を押し付けて文化を変えさせようとする行為をなんと呼ぶかは明白です。
十字軍関係の本やドイツ騎士団の異教徒狩りの本を読んでみると分かりやすいと思います。
どちらがナチスでしょうか。
ポリコレを批判しているのは確かですが「性教育」がどうのこうのといった些末な内容を話しているのではありません。